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小室・沢辺紀念文庫(解説)


小室信介像 沢辺正修像
小室信介像 沢辺正修像

原 撫松 画

本館には過去において数多くの特殊文庫が設置されていて、それらは大部分が校友・同窓をはじめ社会一般の篤志家から寄贈を受けたものである。そして、そのなかには特定の個人の旧蔵書のもの、特定の個人を記念して集書したもの、および指定寄付金を基金として本館が集書したものの三種類に大別することができる。その第一に類するものには植木文庫、愛山文庫、生江文庫、浮田文庫などがあり、第二は小室・沢辺文庫、新島文庫などであり、第三に属するものには小林文庫、安藤偉人文庫などがある。そして、これらの寄贈図書は過去において本館蔵書の主体となっていた事実も私学の図書館の生いたちを物語るものとして趣味深いものがある。次に述べようとする小室・沢辺文庫は本館の歴史のうえで、画期的な“独立した図書館”(現在の有終館の建物)が建てられた1887年(明治20年)から間もなく、しかも本館としては最初に設置された特殊文庫である。

すなわち、この文庫は、京都府宮津市の出身で、1874−5年(明治7−8年)ごろ片岡建吉、河野広中、中島信行らとともに国会開設運動にしたがい、大いに民論を喚起し立憲政党の創立に尽しその幹事となり、また沢辺正修の天橋義塾にも招かれ、のち大阪日報社に入っても自由民権論を鼓吹、啓蒙的著作の多くをのこした小室信介(1852年−1885年)と、同じく京都宮津の出身で、天橋義塾を興しその社長となり、民論の鼓吹に努めて立憲政党の幹事にもなり、のち京都府会議員となった沢辺正修の両氏を記念するためのものである。

その開設に当っては両氏の同志社の旧友であった中島信行、木村栄吉、松本誠直氏らが相謀って総計619円40銭の浄財をあつめ、これで内外新古の書籍5,146冊をあつめ小室・沢辺記念文庫と名づけて一括本館に寄贈、本館はこれを受けて1891年(明治24年)10月3日、同志社を挙げて同文庫の開庫式を同志社公堂においてとり行った。そして、この文庫約五千冊の図書は当時の図書館(現在の有終館)の二階南側中央の部屋(現在の本部庶務部の部屋)に排架され、これによって本館の蔵書は倍増するに至ったのである。

この文庫には和漢洋の図書五千冊以上が収められていたのであるが、これを図書の内容主題別に見れば自然科学、芸術部門のものはほとんどないがそのほかは一応各部門にわたっている。しかしながらそのうち歴史(主として日本史)関係のものが最も多く、しかも近世の写本が相当数をしめている。そのなかには水戸藩の儒臣で、同藩の史館総裁となり「大日本史」の校訂に努め、その出版のための定本を作成した立原翠軒(1744年−1823年)の自筆稿本、自筆写本、旧蔵書の多くと、塙保己一(1746年−1821年)の和学講談所旧蔵書などや、江戸時代名家の旧蔵書が含まれていて、本館蔵書のなかで異彩を放っている。

同志社大学図書館報「びぶりおてか」No.1.1967.7.1より抜粋