1. 学術リポジトリホーム
  2. 貴重書コレクション
  3. ケーリ文庫(Narrative of the expedition of an American squadron to the China seas and Japan:… 『ペリー日本遠征記』)

ケーリ文庫

Narrative of the expedition of an American squadron to the China seas and Japan:…『ペリー日本遠征記』

ペリー(1794-1858)は15歳で海軍に入り1812年の米英戦争、地中海・アフリカ巡航、西インド諸島での海賊狩り、メキシコ戦争等を経て1852年東インド艦隊提督となり、日本と通商開始の命を受け1853年浦賀に来航、大統領の国書を伝達、翌1854年再び江戸湾に入り神奈川沖で条約締結を要求、3月日米和親条約にさらに6月下田で追加条約に調印、鎖国日本の開国への道を開いた。

1855年1月帰国後政府の委嘱を受けホークスに命じて編纂せしめたのが日本遠征の公式記録のホークス編「ペリー日本遠征記」である(Narrative of the expedition of an American squadron to the China seas and Japan……Commodore M. C. Perry……by Francis L. Hawks)。ペリー自身の航海日記と公文書を中心に部下の航海記や日記・報告書を用いて編纂、1856年に公刊された。この「遠征記」には色々異本があり、まず上院版と下院版の2種があり、その内容構成は第1巻は遠征記の本文、第2巻は諸調査の報告書類、第3巻は黄道光の観察記録である。同大図所蔵本(ケーリ文庫[(貴)新F291.09;P7])、荒木文庫[新291.09;P7、旧917;H3-1a]は全て上院版の3冊本である。又官版2種の外に町版(普及版)がある。官版の第1巻に該当する1冊本だ(荒木文庫[新291.09;P7-1c])。ペリーの評価は「開国の恩人」とか逆に「侵略者」とか言われているが、この「日本遠征記」自体はペリー来航と云う歴史上の一大事件に関するその当事者達の詳細な記録であり、当時の日本の社会・文化・自然等全てに関する客観的科学的なる記録であって、原書(官版)の3冊本とペルリ提督日本遠征記(土屋・玉城訳)[弘文荘版;新291.09;P7-1a、旧917;H3][岩波版:人文研・アメ研所蔵]が、日本の幕末史研究の書物には、しばしば参考文献として引用されている。尚、原書(官版)の第1巻には石版の色刷の挿画90枚の他に大小合わせて78の木口彫の木版画のカットが本文の中に挿入されている。日本の風俗習慣等のスケッチだけでなく、遠征途中立寄った東南アジアのエキゾチックな美しい絵も多数入っていて楽しいものだ。

又、俗に云う「風呂屋版」と云うのがある。画家ハイネが実景から写生したものを、黄・淡藍・墨の3色刷の砂目石版に複製した「下田の公衆浴場の図」入りの版である。官版が全部製本されない中に、風紀をみだす恐れがあるとの事で、この図が落丁になったものが多いと云う。ビブリオ・マニアが欲する版と云われているが、その図はローマ時代のカラカラ浴場の雰囲気で、後述のハイネ著「日本行紀」のドイツ語版にも、ハイネが写生したものをそのまま木版画にしたのがあり、黄・墨の2色刷だが、こちらの方がより日本的である。同大図所蔵本ではケーリ文庫以外は全て風呂屋版である。

ケーリ文庫ホークス編「ペリー遠征記」第1巻に添付されている「ペリー自筆書翰」を紹介しよう。どのような経路を経て、このペリー著名入りの自筆書翰が日本に来たのか定かでないが、S.E.モリソンが膨大な原資料を駆使し、5年の歳月を費やしたペリー伝"Old bruin"を参照して、この書翰が書かれた時期の状況設定をしてみよう(尚、難解な自筆書翰からタイプ原稿のかたちになったのは、法学部吉岡健一教授のご協力によります)。この手紙は1823年1月8日に当時28才のペリーが、上司である西インド艦隊提督ダビッド・ポーターに宛てたものである(ペリーが、1822年に帆船戦艦シヤーク号を指揮し、アメリカ商船を襲うカリブ海の海賊退治に出かけ、疲れて、一時ニューヨークに帰っていた時の様だ)。ポーターは米英戦争(1812~1814)で戦艦エセックス号に乗り大活躍した人で、この年ビッドル提督(ペリー来航7年前に浦賀に来た)に変わって、提督になったばかりである。前半の部分では、この当時のアメリカ海軍の上層部と保険会社との密接な関係が伺い知れ、後半では、ペリーは以前から快速戦艦シヤーク号を特に気に入っていて、この艦に対する愛情が目にみえるようである。そして、ペリーの要求がかなえられたのか?1823年2月1日付の友人への手紙では、シヤーク号でメキシコのヴエラクルスとタンピコの間を巡航している様子が判る。

ともかく、今から162年前のこの黄色く変色した「ペリー自筆書翰」は「歴史」と云うものをひしひしと感じさせます。

[参考文献]
"Old bruin:Commodore Matthew C. Perry, 1794-1858……by Samuel Eliot Morison."
(新289.3;P4-1b)他多数。

「びぶりおてか」同志社大学図書館報37号(1985.4.1)より抜粋

ペリー自筆書翰